いろいろと思うことばかり・・・

どうやら、来年度の9月入学が正式に見送られたようだ。

「9月入学」見送りを正式表明 萩生田文科相「直ちに導入想定していない」 - 毎日新聞

 

前に書いたけど、にゃおきちは9月入学賛成派だったので。

確かに残念だとは思う。

でも、これまでなかった議題についてみんなが考えたことに意味があると思う。

正しいかどうかは別として、現時点での結論が「見送り」だったわけ。

先日、この結論に対して、どこかの偉い人が。

「無理に決まっていることをわざわざ議論して時間の無駄」とか。

「国民を振り回した責任は大きい」みたいなことを言っていた…と思う。

今、その手の記事を検索したけど出てこなくて、確かなことは言えないけども。

とにかく、議論した結果が「現状のまま」ということに対して。

「時間の無駄だった」と捉えるのはとても残念だと思う。

ましてや、それを誰かのせいにするような言い方も。



今日、こんな記事も見つけた。

教員免許、有効期間2年延長 新型コロナ受け 文科省(時事通信) - Yahoo!ニュース

news.yahoo.co.jp


にゃおきちは、モロにこの対象者となるのだがしかし。

在宅勤務期間を利用して、既に更新講習をオンラインで済ませた。

なので、この記事を見て!

なんだ、そんな大事なことは早く言って!

慌てて受講して損した!

・・・などとは、まったく思わない。

むしろ、時間を有効利用できたと思っているよ。

で、気になったのは。

ここのコメント欄ね。

受講した人も、否定的なものばかり。

確かに、免許の更新制度は、10数年前から始まってね。

旧免許状を持っている我々にしたら、「後出しジャンケン」的で。

どういうことかと言うと。

昔の教員免許状は永久ライセンス、生涯有効だったわけです。

それが、後になって「自費で更新しろ」ってことになったわけ。

でも、車の免許だって数年間で更新するわけだし。

10年に1度、自腹を切って時間と金をかけて勉強するのは悪くない。

本当は、コロナの影響さえなければ。

にゃおきちは、休日や夏休みを使って母校で受講するつもりだった。

でも、自粛、休校、在宅勤務との情勢を見て。

大学での開催は危ういと見て、さっさとオンラインに切り替えた。

全部ではないけども、オンラインでも素晴らしい講義と出会えた。

研修の内容が「すべて知ってることばかり」とか。

「時間の無駄」と言っている方は、よっぽど優れた人なんだろうけど。

それでも、必修科目はともかく。

選択科目なら、実にたくさんの選択肢が用意されているよ。

その全部を受講したわけでもなく。

たまたま自分の経験だけで、制度そのものを「無駄」と言えるのか。

これね、教育現場ではよくあると思う。

自分の経験だけのことを、「今の教育は」って一般化して語るの。

にゃおきちは現在教職23年目。

学校にしたら3校しか知らない。

地域に関して言えば、1つの教育委員会の管轄内。

その中の、ごく限られた人達との関わりしか持たない中で。

現在の教育なんて一般化してなんかとても語れないよ。

このことは、勘違いしないように、常に意識している。

もちろん、自分の経験は重要。

自分で見て触って体験して、その感想を述べることは大事。

見てもいないことを信じることが、デマや風評被害に繋がるのだから。

だからと言って、個人の経験を一般論と捉えるのは別物だよ。


閑話休題


政府から支給されるはずのマスクがまだ届かない。

にゃおきちの生息地でも、あちこちから届いたという声。

別に今すぐ必要なわけでも、めちゃくちゃ欲しいわけでもない。

全体的には、まだまだ全然という話でもあるし。

でも、身近なところに届いたというものが。

自分のところに届かないと。。。

ついつい、自分が政府から忘れられているのでは?

自分は国に必要とされていない人間なのでは?

そんな余計な不安な気持ちを抱いてしまうのだ。

あ、にゃおきちは猫だからしょうがないのか?(笑)

まぁ、これも賛否両論というか、否定的な論が多く目立つけど。

とにもかくにも。

個人の名前をもじった通称であのマスクを呼びたくはないな。

ともすれば、人を小ばかにしたようなあの響き。

同姓の人はさぞかし迷惑して不快な気持ちなんじゃないだろうか?

はたまた、個人の名前をあれだけ前面に出して。

スタジアムとか、ネーミングライツが流行っているけど。

逆に、凄い宣伝になっていないか?

いずれにしても、まだ政府から支給されるはずのマスクが届かない。

・・・にゃおきちが猫だからという理由は受け付けない(笑)